2026年1月21日水曜日

2026年1月21日例会「JR網干駅から山陽網干駅まで、魚吹八幡神社など社寺・遺跡を巡る」の集合写真です


 朝の気温が0°C、最高気温が5°Cという超低温の一日でしたが、無風で太陽が雲に隠れるまでは暖かく感じ、良い里歩き日でした。各所での滞在時間を最小限にして昼食場所の狭間公園(当初予定の垣内公園から変更)で昼食後、解散しました。
※歩行距離 5.3kmでした。(YAMAPの記録)




2025年12月22日月曜日

第233回例会(2026年1月21日)の詳細です

「JR網干駅から山陽網干駅まで、魚吹八幡神社など社寺・遺跡を巡る」
特別会2008年7月2日「JR 網干駅から魚吹神社の氏子の村を繋ぐ」のルートをもう一度短縮して辿ります。

【行き】
 JR山陽本線 運賃 240円
 9:52姫路発網干行8番線→10:02網干
【山電網干線沿線の方】
 山陽網干駅から路線バスでJR網干駅に行く場合
 神姫バス
運賃 290円
 9:55山電網干発山崎行→10:05JR網干駅着

【集合場所・時間】
 JR網干駅2階改札前自由通路南端 10時10分

〈ルート〉
JR網干駅→「西信寺」→「高田町延命地蔵」→「角戸の石仏」→「坂上公園
(休憩)」→「盛徳禅寺」→「魚吹八幡神社・徳寿院」→「魚吹津構跡」→「垣内公園」→山電網干駅(歩行総距離約5.1km)

※昼食場所は垣内公園」を予定しています。

【帰り】
山陽電車 運賃 390円
(山陽網干駅~飾磨駅~山陽姫路駅)

山陽網干発飾磨行
 
毎時 0・15・30・45分発※乗車時間15分
飾磨駅で姫路行に乗換え※乗車時間5分(特急)  
※特急と普通電車が交互に7~8分間隔で運行

※本例会以降新規会員の受付は行いませんので、宜しくお願いします。

【天候による中止の判断基準】
当日のNHK午前6時55分の天気予報で、<降水確率60%以上>の場合は中止とします。




2025年11月27日木曜日

第232回例会(2025年12月17日)の詳細です

  -新宮・香山の里古墳群を巡り、たつの市立埋蔵文化財センターで学
(2005年6月・第13回例会ルートをもう一度)

今年の活動の締めくくりとして、新宮町の古墳群を巡り、たつの市立埋蔵文化財センターで出土品などを見学します

【行き】
 JR姫新線 料金420円
 9:09姫路発播磨新宮行4番線→9:40播磨新宮

【集合場所・時間】
 JR播磨新宮駅2階改札前自由通路 9時45分

<ルート>
JR姫新線・播磨新宮駅→「新宮・宮内遺跡」(駅から西北へ1.2km)→「宮内天満神社」「天神山古墳群」(宮内遺跡から0.3km)→「梅岳寺」
(天神山古墳群から0.23km→宮内古墳公園で昼食(梅岳寺から0.7km「たつの市立埋蔵文化財センター」(公園から0.85km→播磨新宮駅にて解散。総距離3.65km

「揖保の郡」の北の端、新宮町。家氏イヨジから南は越部の里・嘴崎山まで、多くの遺称地や比定地を見ることができる。揖保川流域で<三角縁神獣鏡>を六面出土した吉島前方後円墳、天神山古墳群、重要文化財に指定されている天満神社、宮内古墳など、見学場所数知れず。(2005.4.20 須磨岡)
色文字は須磨岡前代表の解説文です。

「新宮町」
 1889明治22年)4月1 -町村制施行により、揖東郡新宮村・宮内村・下野村・曽我井村・井野原村の区域をもって新宮村が発足。
 かつて兵庫県の南西部(西播磨地区)に存在した(旧揖保郡)。
2005年10月1日に、龍野市・新宮町・揖保川町・御津町の1市・3町が合併して「たつの市」となる。
「新宮町」の地名は「たつの市新宮町〇〇」として残る。
今回は訪問しないが「吉島(よしま)古墳群」(駅から北3.1km)、
「市野保古墳」(駅から西南に1.5km)などがある

「播磨新宮駅」
 1932年(昭和6年)、「姫線(姫路・津山間)・終着駅」として
開業、1936年、「姫線(姫路・新見間)・通過駅」となる。
2010年、<橋上駅舎>が完成してオープン。
一日の平均乗車人員:1,139人(2024年度)

「新宮・宮内遺跡」
 新宮駅の北にあり 旧揖保川と栗栖川が合流する微高地にある<縄文時代から平安時代に掛けての複合遺跡>で、4.1haの広さの「国指定遺跡」である最近、公園に整備され一部復元されているので大きさが体験できる。西播磨で初めての弥生時代集落が見つかっている。多くの住居跡、土器、祭祀土器、石斧、玉類など、なかでも全国で最大級の円形周溝墓(直径14m)は、幅約3m、深さ1mの溝が廻っている。

「宮内天満神社」
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世紀に赤松則祐が城山城の鬼門を護る寺として城禅寺を建立しました。開山住持の霊岳宗古禅師の夢枕に菅原道真が現れ、鎮守堂を祀ったのが天満神社の縁起と伝えられています。
 本殿は天文13年(1545年)に完成し、室町時代建築の姿がよく残っているので、本殿は<国重要文化財>に指定されている。 斑鳩寺の三重塔や、書写山圓教寺の金剛堂を建てた大工が同じ頃に手掛けた。石灯籠に「奉献牙天神」とあるように、俗に「牙天神」と呼んでいた。元は城禅寺の鎮守神として祀られていたが、寺が「梅岳寺」と改称し南へ移ったので、単独で祀られる事になった。
 現在も「さや堂」に護られて、天神山の麓に鎮座する。

「天神山古墳群」
 宮内天満神社境内には3基の古墳群があり、1号墳は径約18mの円墳である。横穴式石室の全長は約12mで、揖保川流域の石室では最も長く、時期は6世紀末から7世紀初めと考えられている。玄室に近い羨道(せんどう)部の天井石は一段低くなるという珍しい形態の石室を持っている。(県指定史跡)

「たつの市立埋蔵文化財センター」
 2005年4月、開館(0791-75-5450)
 近くにある国指定史跡「新宮・宮内遺跡」(しんぐうみやうちいせき)の紹介施設です。新宮・宮内遺跡をはじめ、市内と近隣市町の原始、古代、中世の歴史文化遺産も紹介しています。

<参考>
「馬立古墳群」(うまたて)
 「古墳32基」が分布して古墳群を形成し、その中でも「姥塚古墳」(1号墳)は古墳群の東端に所在し、円墳(直径18m・高さ5m)の横穴式石室で、築造は古墳時代後期(6世紀中ば)と推定され、古墳群中では最大規模の盟主的古墳である(県指定史跡)

「吉島古墳」(よしま)
 3世紀後半に標高250mの丘陵尾根を削り出し、築造されたと推定される、揖保川流域最古級の前方後円墳(全長約30m)。
 明治時代に竪穴式石槨が発見されて、中から三角縁神獣鏡を含む6面の青銅鏡など、多くの副葬品が見つかった。(国指定・史跡)
 当地域の古墳時代の始まりを考える上で重要な古墳と言える。

【帰り】料金420円
播磨新宮駅発13:35・14:35・15:10・16:04
姫路駅着  14:07・15:05・15:42・16:35

【天候による中止の判断基準】
 当日のNHK午前6時55分の天気予報で、
<降水確率60%以上>の場合は中止とします。

【2026年1月例会のお知らせ】
JR網干駅から山陽網干駅まで、魚吹八幡神社など社寺・遺跡を巡る

2025年11月20日木曜日

2025年11月19日例会
加古川市「聖徳太子縁の『鶴林寺』・謡曲高砂の『尾上神社』などを巡る」の集合写真です


野口神社


鶴林寺

 肌寒いスタートでしたが徐々に暖かくなり、上着を脱いで歩く方もおられるほど良い天気になりました。
 今回印象に残ったのは、教信寺と鶴林寺で詳しい説明をユーモア交えて聴いたことです。最後は時間切れとなりましたが良いお話でした。路線バスを利用しなかった人は予定より長距離になりましたが歩き通しました。
※徒歩組の歩行距離 8.3kmでした。(YAMAPの記録)

【12月例会のお知らせ】
新宮町・香山の里古墳群を巡り、たつの市立埋蔵文化財センターで学ぶ



2025年10月29日水曜日

第231回例会(2025年11月19日)の詳細です

 「聖徳太子縁の『鶴林寺』・謡曲高砂の『尾上神社』などを巡る」

(2007年1月第32回例会ルートをもう一度辿るのと、ルート解説は故須磨岡輯前代表の解説文を多く引用させて頂きました。)

【行き】
 JR山陽本線 料金320円
 09:03姫路発快速野洲行5番線→9:28東加古川着

【集合場所・時間】
 JR東加古川駅南口広場 9時35分

〈ルート〉
JR東加古川駅→「野口神社」→「教信寺」庭園→野ロバス停12:15発→平野バス停12:19着(料金220円)→胴切れ地蔵→「鶴林寺」昼食後観光(ボランテイアガイド付き)→「尾上神社」→山陽尾上の松駅(歩行総距離約6.63km)

「加古川市」:県下最大の河川(加古川)の下流域に開けた都市、昭和25年(1950年)6月に県下6番目の市制を引く。
 ※人口:25万3千人(2024年)、市花:ツツジ。
歴史的には「古事記」に〈氷の川〉、「播磨風土記」では〈鹿児ノ川〉と記され、印南川との三角洲に古くから開けていた。(風土記では「賀古ノ郡」)稲日大郎女(イナビノオオイラツメ)の墓と比定される「日岡御陵」始め、多くの古墳が残る。(「西条古墳群」(行者塚、人塚、尼塚)等)、又、馬が40頭 常備された「賀古ノ駅ウマヤ」跡(野口神社近く)もあり、鎌倉から江戸時代にかけては加古川の渡し場として栄えた。大正8年には日本毛織が水を求めて工場進出している。

「東加古川駅」:昭和36年(1961年)に新設開業。〈請願駅〉として建設され地元が建設費を全額負担した。2006年には橋上駅舎が完成。一日平均乗車人員は2023年で約12千人。

「野口神社」:奈良時代(7世紀中頃)に寺院(野口廃寺)が建立され江戸時代(慶安4年(1651年))に社殿が建てられ「五社大明神・五社山神宮寺」(主祭神は「大山昨命オ汁マクイ)カミ・日吉大神」)として栄え江戸末期には頼山陽も立ち寄り漢詩を残す。明治の〈廃仏毀釈令〉で神宮寺が撤去されて社名も「野口神社」と改称された。近くに「野口駅家跡」がある。西国沿いに古い道標「東大野村在、西廿5丁、南式内日岡神社」もある。

「教信寺」:天台宗、山号「念仏山」、本尊は「阿弥陀如来」。平安時代の念仏行者・沙弥教信上人が入寂(866年)した草庵跡で天治元年(1124年)崇徳天皇が「念仏山教信寺」と勅願した古刹。戦国時代〈秀吉の播磨攻め〉で焼き払われ盛時四十八寺あった支院もその頃よリ衰微して現在は四院が残るのみ。境内奥には教信上人廟がある。今日残っている寺院の一つ「常住院の庭園」を楽しみたい。この庭は地元・古庭研究家・西桂氏が現住職の依頼で元々あった書院庭を活かして、設計、平成元年に完成させた「平庭式枯山水庭園」である。「二十五菩薩来迎」をイメージし旧伽藍の礎石や石棺も活用して、苔地と砂地で〈雲のたなびく〉風景を創リあげた〈現代・寺院庭園〉。庭園名は「香霞庭」 (コウショりテイ)。 (須磨岡蔵書「兵庫の庭園探訪」より)

「胴切れ地蔵」:昔、西国街道を通る大名行列の前を横切った男が侍に斬られたが、ふと気がつくと何事もなく無事であった。そばを見ると、普段お参りしているお地蔵さんの胴が二つに割れ、男の身代わリとなっていた。それ以来、地元の人々は、この地蔵さんを「胴切れのお地蔵さん」と呼び、大切にお祭りしている。(市登録文化財)

「鶴林寺」:山号を「刀田山」と呼び、聖徳太子草創を伝える天台宗の寺院。本尊:薬師如来。「西の法隆寺・播磨の法隆寺」とも呼ばれ新西国三十三か所27番札所。
寺伝では、585年に物部守屋に迫害されて播磨国加古川の地に逃れていた高麗僧・恵便に12歳の聖徳太子が大和国からはるばるこの地へ足を運んで「木の丸殿」を作り、教えを受けたという。その後、587年に物部守屋が蘇我馬子によって滅ぼされると、その2年後の589年に聖徳太子が秦河勝に命じ、三間四面の精舎を恵便のために建立して四天王寺聖霊院と名付けたのが当寺のはじまりであるという。寺名は長らく「四天王寺」といっていたが1112年、鳥羽天皇が「鶴林寺」の勅額を下賜されて「鶴林寺」と改めたと…「太子堂、本堂」が国宝、「常行堂、護摩堂、鐘楼」が国重文、「三重塔」等が県重文に指定され他に「あいたた観音」と呼ばれ親しまれている「観音堂の聖観音立像」、仏画、絵画、壁画等多くの指定文化財がある(入山料500円、宝物館入館料500円、共通800円)

「尾上神社」:この辺りは「高砂の尾上」と呼ばれ古歌・謡曲「高砂」にも歌われる名所。
海の神様「住吉大明神」が祭神で、境内には天然記念物に指定された「三代目尾上の松」があったが昭和24年、松枯れで枯死、現在は「五代目」(樹齢100年)が育っている。約1100年前に造られた「鐘楼」は<国重要文化財>で、朝鮮鐘としては国内最大であり、鋳出しの装飾文は見事である。また、鐘の響きが二里四方に広がり見事な響きなので前の海が「ひびき灘」と呼ばれている。

【帰り】(普通車)料金540円
山陽尾上の松駅発16:11又は16:26
山陽姫路駅着  16:46又は17:01

【天候による中止の判断基準】
 当日のNHK午前6時55分の天気予報で、
<降水確率60%以上>の場合は中止とします。

【12月例会のお知らせ】
新宮町・香山の里古墳群を巡り、たつの市立埋蔵文化財センターで学ぶ

2025年10月15日水曜日

第231回例会(2025年11月19日)のご案内(予定)

「聖徳太子縁の『鶴林寺』・謡曲高砂の『尾上神社』などを巡る」
 2007年1月第32回例会ルートをもう一度辿ります。

〈ルート〉
JR東加古川駅→「野口神社」→「教信寺」庭園→野ロバス停→平野バス停→胴切れ地蔵→「鶴林寺」(観光ボランテイアガイド付き)→「尾上神社」→山陽尾上の松駅(歩行総距離約6.6km)
詳細は後日掲載します。


2026年1月21日例会「JR網干駅から山陽網干駅まで、魚吹八幡神社など社寺・遺跡を巡る」の集合写真です

 朝の気温が0°C、最高気温が5°Cという超低温の一日でしたが、無風で太陽が雲に隠れるまでは暖かく感じ、良い里歩き日でした。各所での滞在時間を最小限にして昼食場所の 狭間公園 (当初予定の 垣内公園から変更)で昼食後、解散しました。 ※歩行距離 5.3kmでした。(YAMAPの記...