2025年10月29日水曜日

第231回例会(2025年11月19日)の詳細です

 「聖徳太子縁の『鶴林寺』・謡曲高砂の『尾上神社』などを巡る」

(2007年1月第32回例会ルートをもう一度辿るのと、ルート解説は故須磨岡輯前代表の解説文を多く引用させて頂きました。)

【行き】
 JR山陽本線 料金320円
 09:03姫路発快速野洲行5番線→9:28東加古川着

【集合場所・時間】
 JR東加古川駅南口広場 9時35分

〈ルート〉
JR東加古川駅→「野口神社」→「教信寺」庭園→野ロバス停12:15発→平野バス停12:19着(料金220円)→胴切れ地蔵→「鶴林寺」昼食後観光(ボランテイアガイド付き)→「尾上神社」→山陽尾上の松駅(歩行総距離約6.63km)

「加古川市」:県下最大の河川(加古川)の下流域に開けた都市、昭和25年(1950年)6月に県下6番目の市制を引く。
 ※人口:25万3千人(2024年)、市花:ツツジ。
歴史的には「古事記」に〈氷の川〉、「播磨風土記」では〈鹿児ノ川〉と記され、印南川との三角洲に古くから開けていた。(風土記では「賀古ノ郡」)稲日大郎女(イナビノオオイラツメ)の墓と比定される「日岡御陵」始め、多くの古墳が残る。(「西条古墳群」(行者塚、人塚、尼塚)等)、又、馬が40頭 常備された「賀古ノ駅ウマヤ」跡(野口神社近く)もあり、鎌倉から江戸時代にかけては加古川の渡し場として栄えた。大正8年には日本毛織が水を求めて工場進出している。

「東加古川駅」:昭和36年(1961年)に新設開業。〈請願駅〉として建設され地元が建設費を全額負担した。2006年には橋上駅舎が完成。一日平均乗車人員は2023年で約12千人。

「野口神社」:奈良時代(7世紀中頃)に寺院(野口廃寺)が建立され江戸時代(慶安4年(1651年))に社殿が建てられ「五社大明神・五社山神宮寺」(主祭神は「大山昨命オ汁マクイ)カミ・日吉大神」)として栄え江戸末期には頼山陽も立ち寄り漢詩を残す。明治の〈廃仏毀釈令〉で神宮寺が撤去されて社名も「野口神社」と改称された。近くに「野口駅家跡」がある。西国沿いに古い道標「東大野村在、西廿5丁、南式内日岡神社」もある。

「教信寺」:天台宗、山号「念仏山」、本尊は「阿弥陀如来」。平安時代の念仏行者・沙弥教信上人が入寂(866年)した草庵跡で天治元年(1124年)崇徳天皇が「念仏山教信寺」と勅願した古刹。戦国時代〈秀吉の播磨攻め〉で焼き払われ盛時四十八寺あった支院もその頃よリ衰微して現在は四院が残るのみ。境内奥には教信上人廟がある。今日残っている寺院の一つ「常住院の庭園」を楽しみたい。この庭は地元・古庭研究家・西桂氏が現住職の依頼で元々あった書院庭を活かして、設計、平成元年に完成させた「平庭式枯山水庭園」である。「二十五菩薩来迎」をイメージし旧伽藍の礎石や石棺も活用して、苔地と砂地で〈雲のたなびく〉風景を創リあげた〈現代・寺院庭園〉。庭園名は「香霞庭」 (コウショりテイ)。 (須磨岡蔵書「兵庫の庭園探訪」より)

「胴切れ地蔵」:昔、西国街道を通る大名行列の前を横切った男が侍に斬られたが、ふと気がつくと何事もなく無事であった。そばを見ると、普段お参りしているお地蔵さんの胴が二つに割れ、男の身代わリとなっていた。それ以来、地元の人々は、この地蔵さんを「胴切れのお地蔵さん」と呼び、大切にお祭りしている。(市登録文化財)

「鶴林寺」:山号を「刀田山」と呼び、聖徳太子草創を伝える天台宗の寺院。本尊:薬師如来。「西の法隆寺・播磨の法隆寺」とも呼ばれ新西国三十三か所27番札所。
寺伝では、585年に物部守屋に迫害されて播磨国加古川の地に逃れていた高麗僧・恵便に12歳の聖徳太子が大和国からはるばるこの地へ足を運んで「木の丸殿」を作り、教えを受けたという。その後、587年に物部守屋が蘇我馬子によって滅ぼされると、その2年後の589年に聖徳太子が秦河勝に命じ、三間四面の精舎を恵便のために建立して四天王寺聖霊院と名付けたのが当寺のはじまりであるという。寺名は長らく「四天王寺」といっていたが1112年、鳥羽天皇が「鶴林寺」の勅額を下賜されて「鶴林寺」と改めたと…「太子堂、本堂」が国宝、「常行堂、護摩堂、鐘楼」が国重文、「三重塔」等が県重文に指定され他に「あいたた観音」と呼ばれ親しまれている「観音堂の聖観音立像」、仏画、絵画、壁画等多くの指定文化財がある(入山料500円、宝物館入館料500円、共通800円)

「尾上神社」:この辺りは「高砂の尾上」と呼ばれ古歌・謡曲「高砂」にも歌われる名所。
海の神様「住吉大明神」が祭神で、境内には天然記念物に指定された「三代目尾上の松」があったが昭和24年、松枯れで枯死、現在は「五代目」(樹齢100年)が育っている。約1100年前に造られた「鐘楼」は<国重要文化財>で、朝鮮鐘としては国内最大であり、鋳出しの装飾文は見事である。また、鐘の響きが二里四方に広がり見事な響きなので前の海が「ひびき灘」と呼ばれている。

【帰り】(普通車)料金540円
山陽尾上の松駅発16:11又は16:26
山陽姫路駅着  16:46又は17:01

【天候による中止の判断基準】
 当日のNHK午前6時55分の天気予報で、
<降水確率60%以上>の場合は中止とします。

【12月例会のお知らせ】
新宮町・香山の里古墳群を巡り、たつの市立埋蔵文化財センターで学ぶ

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